感受性や忍耐力…音楽を通じて子どもの心を育てる「スズキ・メソード音楽教室」から学ぶ、親子で成長するヒント
スポーツや芸術などの能力を伸ばすだけでなく、心の成長にもつながる習い事。それゆえに、親としては習い事を通して、より良い影響を与えたいと考えてしまうものです。そこで今回お話を伺ったのは、楽器演奏の能力を高めるだけでなく、音楽教育を通し、子どもの心を豊かにし、自信をつけることも目的にする異色の音楽教室「スズキ・メソード」。子どもの習い事を通し、ともに成長するための親子時間のヒントに迫ります。
戦後の創設から75年、62の国と地域で愛される「スズキ・メソード」
「スズキ・メソード」は公益社団法人才能教育研究会が普及、推進している音楽教育法のひとつ。はじまりは1946年に鈴木鎮一氏が長野県松本市に創設した松本音楽院です。あわせて才能教育研究会の前身となる、全国幼児教育同志会も発足しました。
また、1964年以来30年にわたって生徒と海外公演旅行を行い、日米親善コンサートに参加。これらの活動によって、アメリカ各地の公教育に取り入れられているほか、現在では62の国と地域でスズキ・メソードが学ばれています。
日本のスズキ・メソードでは、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、フルートの4つの科のほか、0〜3歳児コースがあり、子どもたちを中心に1万人ほどが参加。ヴァイオリニストやピアニストなどのプロの音楽家を輩出しており、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎氏や映画音楽の第一人者である久石譲氏もそのひとり。また、棋士の佐藤康光氏や作家の恩田陸氏など、音楽以外の分野で才能を開花させた人も多くいます。
今回は、そんなスズキ・メソードについて、指導者としても活躍し、現在は才能教育研究会の業務執行理事を務める佐藤滿さん、末廣悦子さん、永田香代野さんの3人にお話を伺いました。
赤ちゃんが言葉を覚える、母語教育法を軸に楽器演奏を習得させる
——スズキ・メソードはどんな音楽教室なのか、特徴を教えてください。
佐藤先生:母語教育を軸とし、音楽の能力を伸ばすのが特長です。赤ちゃんは毎日繰り返し耳にしている言葉を、いつのまにか話せるようになりますが、音楽も良い演奏を繰り返し聞き、繰り返し練習することで楽器習得ができると考えています。
永田先生:母語教育とだけ聞くと親から聞いた言葉をそのまま使うこと、と捉えられてしまいますが、褒めることがとても大切。今では「褒めて育てる」ということは当たり前になってきていますが、スズキ・メソードでは昔から褒めることを大事にしていると思います。
——個人レッスンの他にグループレッスンがあるのも、スズキ・メソードの特徴です。その意義は何でしょうか?
佐藤先生:初歩から上級者までとにかく全員一緒でやるのがグループレッスンです。上級生と一緒に演奏すると、下級生たちの演奏力が引っ張りあげられて、上達が早くなりますね。
末廣先生:子ども達が一番楽しいと言うのはグループレッスンです。他の子どもたちの演奏を聴いて「あの曲を弾いてみたい」「同年代の子ができるなら、自分も弾けないわけがない」と、意欲を持つことができる機会です。そうして興味を持った曲を練習し、弾けるようになれば「やればできる」という原体験に繋がります。
——毎年3月下旬に全国から生徒を集めた「グランドコンサート」を行っていることも、スズキ・メソードならではの魅力です。このコンサートでは大勢の子どもによる合奏が印象的ですが、子ども達にとってどんな学びがあるのでしょうか。
佐藤先生:もう54回になる「グランドコンサート」は、当初「どんな子どもでも能力を伸ばすことができるんだ」というアピールするための機会で、現在でもその使命は同じです。どんなコンサートでも同じですが、子ども達は緊張感や達成感を体験する場であり、VIPの方々が出席して演奏を聞いてくれるため、励みになるイベントでもあります。
永田先生:ヴァイオリンだけでなく、ピアノも、電子ピアノを20台入れて合奏もしているんですよ。このイベントは、指導者の先生が企画運営をやっていて、イベント会社のお世話にならず普段レッスンしてくれる先生が裏方で働く姿が見られることも子ども達の刺激になっているでしょう。
末廣先生:私は第1回から参加しています。当時はこれと8月頃にある夏期学校の年に2回が友達に会える機会でした。幼いころからの友人とは利害関係なく、子どもの時の純粋な心のまま付き合うことができ、生涯の友と言える存在ができました。今は世界大会もあるため、世界中に友達の輪が広がっていることが、子ども達に良い影響を与えているでしょうね。
音楽を通して人として成長させ、平和な未来を作る
——楽器演奏の習得だけでなく子どもの豊かな心も育てることを目的としているのはなぜでしょうか?
末廣先生:創設者の鈴木先生は、戦後間もない時に「二度と戦争を起こすような人間を作らない。そのためには幼いときから高い感性を育てねばならない」との平和を強く願い、教育運動としてのスズキ・メソードを立ち上げています。そのため、音楽を通して立派な人、善良の市民を作りたいという想いがあったようです。
佐藤先生:楽器習得のための日々の練習を通して、非認知能力が育ちます。例えば、好奇心や自分に打ち勝つ力、集中力、相手を思いやる心など。人間力と言ってもいいかもしれないですね。そういった能力を自然に育てる力が音楽にあると考えています。
永田先生:実際に子どもの感受性は非常に豊かに育っています。ローマ教皇が来日された際のエピソードなのですが、スズキ・メソードの子どもたちが演奏
を披露したことがあります。その時、教皇さまからロザリオをプレゼントされた、小学2年生の子どもが教皇さまが醸し出す優しさと威厳に触れ涙を流したそうです。まだ、教皇さまへの御前演奏がどんなことかも分かっていない子どもでも、豊かに感性が育っていることがわかる素敵なエピソードだと思いました。
日々の練習を一緒に行うことで、親も学び、進歩していける
——週に1度親子でレッスンに通い、残りの6日は親子で家庭で練習を重ねる意義や、家族にもたらす影響はありますでしょうか?
佐藤先生:親子で一緒に一つのことを学ぶということは、どんなジャンルでも大切なことです。スズキ・メソードでは0歳からのレッスンもありますが、幼児レッスンでは親の協力が不可欠です。大切にしている“繰り返す”という練習法は、家庭でのレッスンが必要不可欠で、幼いうちから身につけることが重要です。これさえできれば、「飽きてしまって続かない」ということもありません。
末廣先生:家での練習が大切ですが、親は楽器の知識がなくても大丈夫です。やっていただきたいことは毎日のレッスンの前にも、教室でやっているのと同じように「お願いします」とお辞儀から始めること。そして最後は「ありがとうございました」と終わるように、先生と生徒の関係になることです。子どもの練習に付き合っているうちに、親も良い音楽が分かるようになり、楽譜も読めるようになることがありますよ。
永田先生:どの親御さんも、子どもと一緒に成長されます。音楽に詳しくなり、マニアックなくらいに好きになる人も多いですよ。子どもの習い事ですが、親も新しいことに興味を持って、進歩することができるはずです。
——親子で過ごす時間は、子どもへどんな影響を与えると考えられますか?
佐藤先生:接する時間が増えるということは、より互いに影響を受けるということです。それは良い影響だけでなく、悪い影響もあり、接し方が大切になってきます。親は子どもの状態を見ながら、ボールを投げることが必要になるでしょうね。
永田先生:私たち指導者にはレッスンの行き帰りの様子は見られません。しかし、卒業生のピアニストが「親に手を引かれてのレッスンへの行き帰りに、お母さんといろいろなことを話せたことがよかった」と話していたように、親子で向き合い、過ごす時間は子どもにとってかけがえのないものになるはずです。
元来子どもが持っている可能性を母語教育法により伸ばし、心も豊かに育てるスズキ・メソード。理事のみなさんのお話を通して、子どもに与える良い影響を知ることができました。ただ、習い事の先生に任せるのではなく、親も興味を持って向き合うことも大切です。習い事の時間も親子時間と捉えて、有意義にしていきたいですね。
佐藤満先生
1972年よりスズキ・メソードで助手として指導にあたり、1976年~77年才能教育研究会派遣指導者として、カナダで指導。1985年よりパリに留学。1987年エコール・ノルマル・ドウ・ミュジーク・ドウ・パリを首席で卒業。その後、広く後進の指導に当たりながら演奏活動を行なっている。
末廣悦子先生
3歳よりスズキ・メソード創始者・鈴木鎮一に師事。1969年に聖心女子大学を卒業し、同年指導者認定。東海地区でヴァイオリン科の指導者を行ったほか、1973〜1978年まで、アメリカの南カリフォルニア大学で客員教授として指導にあたる。スズキ・メソードヴァイオリン科指導者養成にも力を注ぐ。
永田香代野先生
武蔵野音楽大学卒業。スズキ・メソードの「どの子も育つ、育て方ひとつ」という母語教育法の理念に感銘を受け1981年にピアノ研究グループに入会。2019年スペイン バルセロナのteacher trainer 会議に参加。関東地区でピアノ科の指導者として活躍している。
スズキ・メソード(公益社団法人才能教育研究会)
全国各地でヴァイオリン、チェロ、ピアノ、フルートの4つの科と0〜3歳児コースで開校。大人向けのレッスンも行っている。また、新型コロナウイルスの対策として、レッスンや発表会にオンラインを導入。レッスンに参加しやすくなったり、遠方の親族も発表会をライブで鑑賞できたりとメリットも多くあるそう。
https://www.suzukimethod.or.jp/